明けましておめでとうございます。皆様にとって平穏無事な一年でありますよう修正会厳修致しました。-同じ月に照らされている-
2026年1月7日
明けましておめでとうございます。
今年も皆様と一緒に修正会を厳修出来ましたこと嬉しく思います。

修正会の当日ふと夜空を見上げますと、月が煌々と輝いていました。古来より多くの日本人が月を見て多くの歌を詠んでこられました。百人一首にもある歌で左京大夫顕輔という有名な歌人が時の崇徳天皇に捧げた歌は、『秋風に たなびく雲の 絶え間よりもれ出づる月の 影のさやけさ』と詠まれました。意味は、『秋風に吹かれて横に長くひき流れる雲の切れ目から 洩れてくる月の光の なんと澄み切った美しさなのでしょう』とあり、月の美しさに感嘆とした歌を残されています。また、万葉集には、『あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 妹待つ我を』と詠まれています。意味は、「山から出てくる月を待っていますと人には言って、あの想い人を待っている私です」という意味です。とても可愛らしい、現代の歌の歌詞にでも出てくるような情景です。浄土宗を開かれた法然上人も月を見ながら歌を詠まれました。

-月かげ 法然上人-
『月かげの いたらぬさとはなけれども ながむる人の心にぞすむ』
「どんなに遠く離れていてもどこにいようとも、月を眺める人にその光が等しく届くように、阿弥陀さまの慈悲の光も、すべての世界を照らし、お念仏をとなえる人を平等に救ってくださる」という意味です。平安時代に詠まれた方々も、鎌倉時代の法然上人も、そして現代の私たちも『同じ月に照らされている』のです。場所も時代も異なりますが、月は私たちを平等に照らし続けています。阿弥陀仏も同じく、過去・現在・未来にわたる三世を分け隔てなく私たちを照らし救い取って下さります。月が輝き、光が私たちに届いているにも関わらず、その光に気づかず日々を過ごすのはとても勿体ない事です。阿弥陀さまは常に私たちを照らし続けてくださっています。その慈悲の心に感謝を捧げ、お念仏を今年も高々にお唱えしましょう。










